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夏の暑い時期は、映画館に良く通う。


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美しくも悲しい
ポーランド・ジプシーの話。
実在した詩人ブロニスワヴァ・ヴァイスの人生。

すべてモノクロームの映像。

幌馬車で大草原や森の中を移動していく情景、
陽気で、しかもセンスのあるジプシー音楽、
どれも魅力的で世界に引き込まれた。

その中に
ジプシー達の近世から現代における
苦悩が描かれている。
ラストは、悲しい。

変わっていくもの、
変わりたくないもの、
でも変わらねばならないもの、

いつの時代も、どんな民族にも
訪れてるものなんだな。



3年ほど前にルーマニアに旅行したとき
ある町で見かけたロマの女性。

ほんの少しの時間、しかも後ろ向きだったのだけど
長いスカートと長い髪に巻いた派手なスカーフ。
あの格好は間違いなくそうだと思った。

長い髪とスカートをなびかせてあっという間に過ぎ去ってしまった。
その、元気で自由な姿が頭にこびり付いている。


自由に生きるって
かえって苦難が多いことも多いのかもしれないな。
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by naomi-bluegreeen | 2015-09-10 16:38 | movies
大森にあるミニシアター「キネカ大森」は
随分前から通っている。

ここの「名画座2本立て」は
2本で1300円という破格の値段なので
マメにチェックして、ちょこちょこ行くようにしている。

その中でも最近特に印象に残った作品。



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「鉄くず拾いの物語」

ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らす貧しいロマの家族の話。
妻が3人目の子供を身ごもるが、流産してしまい
保険証の無い彼らに言われたのは高額な手術代。
鉄くず拾いをして、なんとかギリギリの生活をしている家族にとって
とても払える金額ではない。
妻の病状は悪化していくなか、夫はあれこれと手をつくす…。

これが、真実だと知って、愕然としてしまった。
キャストも、出演者のほぼ全員が本人に登場してもらったそうだ。

人の生死がかかっていて目の前にそういう人間がいるにもかかわらず、
「金がないのなら手術はできない」、冷たく突き放す医者。
これは、彼らが「ロマ」だから、というだけではないだろうとは思う。
ユーゴ紛争の傷跡がまだまだ痛々しいだろう国では
貧しい人はまだまだひたずら貧しく、多くの被差別民がいるという。


セリフを言うたびに口から出る寒々しい白い息。
凍りついたような村もまた、悲愴的な話を盛り上げる役目となってしまっている。



だけど、彼らには無邪気な子供たちがいて、
手を貸してくれる親戚や仲間がいる。
人はひとりでは生きられない、という当たり前のことに気づく。
そして、現代では自分のことだけで精一杯で
社会的に恵まれない人々に対して、どうしても目をそむけて生きてしまう、
それは自分だってそうなんだ、ということに気づく。

また、私たちはどっちの立場にだってなり得るのだ…と。


思い出したくもないような経験を
もう一度自分たちの身で演じてくれた彼らに拍手を送りたい。


「鉄くず拾いの物語」
http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/director.html
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by naomi-bluegreeen | 2014-08-31 15:21 | movies
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また一つ感動的な映画に出会った。
「世界の果ての通学路」。

アフリカ、インド、モロッコ、アンデス。
異なる4つの地域で、片道2時間も3時間もかけて
学校に通う子どもたちを追ったドキュメンタリー。

アフリカの兄と妹は、荒野の中、
野生の象やキリンに怯え、ひたすら走るように進む。

インドの兄弟は、足の悪い兄のために
車椅子(それもかなりボロボロの)を懸命に引いて押してホコリの道を進む。

モロッコの少女たちは、なんと片道4時間、
いくつもの岩だらけの小高い山道をひたすら登っては下る。

そしてアンデスの兄と妹は、馬に乗って、
落ちたらどこまでも転がっていきそうな急斜面や山や谷を超えて、進む。



全ては、険しく遠い道のりで、
私たち日本人が思い浮かべる「通学路」とはほど遠い世界。
一歩間違えば死と直面するような過酷な道なき道を
子供たちは、突き進む。
そして、みんな、そんな過酷な通学路を
けして嫌なものとせず
むしろ楽しんでいるように見える。
学校に通えること自体が喜びなのだ。



見ているだけで、心があったかくなる、応援したくなる。

今日も子供達は
歩いているのだろう。
彼らの通学路を。
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by naomi-bluegreeen | 2014-06-15 20:59 | movies
インド北部のダラムサラも、旅先で行きたい場所の一つ。
そこには、チベット難民が多く住む。
ふるさとであるチベットでは言論の自由、教育の自由、信仰の自由、すべてが無い。
「チベット人」として生きていくには、
「チベット以外の場所」で生きたほうがずっと自由、という事実。
自由な国である日本で生きている私たちには想像することすら難しい。

だけど、今でも大勢のチベット人たちが、険しいヒマラヤ山脈を越え、
インドやネパールに逃亡してくる。
途中で、中国の警察に捕まってしまう人や過酷な旅で命を落とす人もまた多い。

そんな命懸けの逃亡を経て、インドで暮らす一人の少年、オロ。
オロと同じように家族と離れて、ダラムサラの「チベット子ども村」で寄宿生活をし、
学校に通い勉学に励む子供達。
まだまだお母さんが恋しい年代の子供達も大勢。
「子供には明るい将来を…」という一心で、泣く泣く送り出すチベットの親たち。

映画は、全体的にはほのぼのとした感じながらも、そこにある「現実」をたくさん映している。
オロを取り巻く周りの人たち、チベット人の、チベットの、現実。
仲良しの姉妹の父親は、中国政府への抗議運動から捕まり、6年の刑を受けて未だ戻らない。
ある少年は、チベットから逃亡してきた時の事をポロポロと止まらぬ涙と共に語る。

オロは、たくましい。涙を見せない。
オロのような少年はチベットにたくさんいるのだろう。
悲しみや寂しさや怒りや、いろんな事を、小さな少年は必死で受け止めて、
笑顔に変えているのだろう。


この映画を作った岩佐寿弥監督は当時77歳だったらしく、自らも映画に登場する。
その優しい笑顔に、ラストでオロが監督に問いかける。
「どうして高齢なのに映画を撮るの?大変ではないの?」。
岩佐監督は、「チベットが好きだから」と答える。
それが、この映画のすべてなんだなあ、と思った。
そして、去年2013年5月に監督は亡くなってしまったことを知り、とても残念だった。


監督さま、良い映画を、ありがとうございます。

きっと、みんな、今も元気でやってる。そう願っています。



FREE TIBET

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by naomi-bluegreeen | 2014-03-22 11:04 | movies
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台湾に行くといつも
暖かい、懐かしい、という気持ちになる。
親日家が多いのでも有名。

これら全て
どうしてなのだろう?とちょっとした疑問もあった。


この「台湾アイデンティティー」を台湾人の友人と一緒に観たあと
食事しながらいろいろ話した。
彼女のおばあさんがやはり日本語世代の人だったようで
友人はおばあさんから「日本の時代は良かった、日本人は良かった」と
ずっと聞かされていたのだそうだ。

そういう人が多いのだろうと思った。

時代は変わってきて、世代も交代してきたけれど
そうやって実体験は伝えられていくのだろうと。



「台湾アイデンティティー」。
じんわりと心に染みる映画だった。

前から気になっていたことが他にもある。

日清戦争後、台湾は日本に統治され、日本に同化させられた時代が50年も続き、
戦争にも巻き込まれて、「日本人」として出兵し、
亡くなった人や戦後大変な思いをした人も多い。
そして敗戦。
日本は台湾から手を引き、その後は戦後の自分たちの国の再建で大忙し。
台湾はというと、今度は中国国民党に支配され、過酷な時代が続いた。

考えてみたら、日本て酷くないか?と思ってしまうのだ。
戦争に負けたらさっさと台湾から身を引いてしまう。
一緒に戦争を戦ってきたというのに。


だけど映画の中のおじいちゃんおばあちゃん達は
ほぼ全員「いい時代だった」という人達ばかり。
むしろ、「日本軍人として戦争に行けたことを誇りに思っている」という人も多い。

涙が出てくる。
意味もなく、「ありがとう」と言いたくなる。

そして、悲しいことだけれど
戦争というものは、大勢の人間を同じものに向かわせ一致団結させる
マインドコントロールのようなものなんだな、と思う。

台湾に行くと良くあちこちの公園などでカラオケに講じる中年以降の人達をみかけるが、
中には戦争中の軍歌(もちろん日本の)を歌う人もいた。
私はなぜかそれを聞いた時に、せつなくなったことを思い出す。
「彼らの中では、日本時代の思い出は、戦争で終わってしまったのだな」。。

だけど映画の中の人達は
「運命だった」という。
その寛大さ、優しさ。
日本人にはない、おおらかさがある。




GWに行った台湾の蘭嶼島。
そこに住む原住民・タオ族の老人達もまたみんな穏やかな人達ばかりだった。
しかし、中には「日本の兵隊怖かった。殴られたりもした」という人もいたのだ。
だけど、「今は良くなったね」と言ってくれる。
なによりも、日本語をちゃんとしっかり覚えていてくれているのが
それだけでもうれしいことなのだ。

日本時代の次の国民党による弾圧が、よほど過酷な時代だったから、
よけいに日本の時代を懐かしく良いものに思うのかもしれない。




映画の上映後、監督の酒井さんと、主演されて横浜在住の呉さんが舞台挨拶され、
パンフレットにサインもしていただいた。

酒井さんは私と同年代で、彼女の記事などを読むと、共感することばかり。
特に、「初めて台湾に行った時に、流暢な日本語を話すおじいさんに出会った」ことが
映画(前作の「台湾人生)を作ることになったきっかけだった、ということ。

その時の、不思議な感動が、私にはわかる。
私も同じで、特に最近台湾に再度通い始め、あちこちで老人と話す機会も多い。
どうしてだろうか、そのたびに不思議な感動がこみ上げてくるのだ。
そして、監督と同じで、「もっと話をしたい、聞いておきたい」と思ってしまう。

おそらく、もう10~20年もすれば、
日本語世代の人はいなくなってしまうから。



また台湾に行かなければ
と思った。

そして、なぜかわからないけど
自分の国である日本を
もっと愛さなければいけないな、と思った。

そうしないと、
彼らに失礼だと感じたのかもしれない。


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酒井充子監督と。
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by naomi-bluegreeen | 2013-08-04 17:18 | movies
4月1日。
香港俳優レスリー・チャンが
香港のホテルの屋上から飛び降り、亡くなってから
今日でもう9年になる。


大森にあるミニシアター「キネカ大森」には
昔、香港やアジア映画にはまりまくっていた頃
都内にずっと通勤していたこともあって
頻繁に会社の帰りに通っていた。
キネカ大森は、特に香港映画に力を入れていて
ここで本当にいろんな映画を知って
いろんな世界を観たし
実際に現地のその舞台に行っちゃったりもした。



今、レスリーを思い出す、という意味もあって
2週間ほどレスリー特集を上映している。

さっそく行ってみたのだが、予想以上に混んでいて
立ち見になりそうな勢いだったので
とりあえずこの日は、台湾映画2作品を観た。

http://www.ttcg.jp/cineka_omori/nowshowing#i26026

台湾映画も、香港に続いて好きな雰囲気を持っていて
台湾の、あのねっとりした空気や路地の雰囲気、どこか色っぽいような空気感…
やっぱり、いい。


そして、小さな館内には
レスリーのコーナーがあった。

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あなたがくれた時間、すべてすばらしいもの。
それは作品として永遠に残る。
忘れない。



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by naomi-bluegreeen | 2012-04-01 21:08 | movies
アジアに通い始めた頃
香港映画にもまたはまっていた。

ミーハーと言われようが
やっぱりウォン・カーウァイの世界は魅力的すぎた。



今でもいつでもこの世界に浸れる。

レスリー・チャンが生きていた頃
トニー・レオンかレスリーか、レオン・ライかアンディか
なんて良く友人と話していたっけ。

香港の怪しい裏通りをドキドキしながら歩いた。
何かが起こりそうな気がして。

重慶飯店(チョンキン・マンション)のゲストハウスに泊まり
黒人やインド人ばかりに囲まれてビクビクしていた
恐ろしいほど遅いエレベーター。
ホントに怪しい人達が住んでいたビルの中は
迷路のようで映画さながらだった。

香港の映画は他にも
コメディもの、
忘れちゃいけない世界のヒーロー、ブルース・リーやジャッキー・チェンもの、
青春もの、裏社会もの、
何でも観ていた。


だけどやっぱりあたしはこの感じ。
天使の涙
ブエノスアイレス
欲望の翼
恋する惑星


ONLY YOU・・・
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by naomi-bluegreeen | 2012-03-24 19:59 | movies

ゴダールの作品に出てくる女優は
みんな魅力的。
アンナ・カリーナ、BB・・・

ポップでおしゃれで粋で。

フランス哲学?うーん、内容を理解するのは
超日本人的頭脳では少し難しい…

でも、やっぱり
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by naomi-bluegreeen | 2012-03-24 19:33 | movies
君を想って海をゆく
2009 フランス
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イラクからフランス最北端カレまで三ヵ月かけて
4000キロ歩いてたどりついたクルド難民の青年ビラル。
恋人の住むロンドンへ密航を試みるも失敗。
かつて水泳選手として名を馳せ、水泳教室でコーチをしているシモンは、
英仏を隔てるドーバー海峡を泳いで渡ろうとするビラルに出会う。
やがて2人の間には親子のようなきずなが芽生えていく。

恋人のいるロンドンへ行きたい…
ただそれだけのために、そこまでやる?っていうくらいの
真っ直ぐすぎるビラルの行動。
でもその真っ直ぐさが、今のシモンにとって自分に最も必要なものを突き付けられる。


ラストシーンは壮絶で、「ビラル、もういいよ」とさえ思う。
もう彼女は婚約が決まってしまったのに、それでも極寒の大海原を何時間も泳ぐ。
ただ、恋人に会いたい、それだけのために。


トルコでもたくさんのクルド人に接したが、
イラクなどでは多くのクルド人が迫害され追い出されてきたという。
そしてより良い生活を求めてヨーロッパやアメリカなどに移住。
だけど、現実は、この映画の中のように差別を受けたりしているのだろうか。

原題はなんと「WELCOME」。皮肉以外のなにものでもない。






バビロンの陽光
2010年イラク・イギリス・フランス・オランダ・パレスチナ・アラブ首長国連邦・エジプト合作

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http://babylon-movie.com/

2003年、イラク北部クルド人地区。
サダム・フセイン政権の崩壊から3週間後、戦地に出向いたまま戻らない息子を探すため、
老いた母は孫のアーメッドを連れて旅に出る。
2人は道中でさまざまな出会いと別れを繰り返し、
過酷な現実に押しつぶされそうになりがならも前進していく。


度重なる戦争で多くの行方不明者を出しているイラクの実情。
想像を絶するほどの絶望的な光景が次々と出てくるが、
その中でも、無邪気な少年と年老いたおばあちゃんとの関係がほのぼのとして、
そして、旅の途中で出会う多くの親切な人達、
そんなものたちに救われる。

ラストシーンで、疲れ果てて死んでしまったおばあちゃんを抱きかかえ
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、
アーメッドはバビロンの夕日を見つめる。
その顔は、悲しみよりも
再生だな、と感じた。
なにしろ、原題は「Son Of Babylon」なのだ。


No more war
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by naomi-bluegreeen | 2011-11-10 09:10 | movies
ヨーロッパや中東、南米なんかの映画がかなり好きだけど
日本の映画もやっぱり好き。

日本の映画で特に好きな作品は?
ともし聞かれたら…
悩みつつも
たぶん、とりあえずは
「ナビイの恋」と「ホテル・ハイビスカス」
と答える。
そう、どちらも、沖縄の映画。



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ナビイの恋

とにかくせつないけれど、美しい物語。
「愛してるランド」へ行ってしまうおばあを止めない
おじいの優しさはあまりにもせつなくて
何度見ても泣ける。

舞台となった粟国島へは
次回の沖縄旅行こそ必ず行くと決めている。





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ホテル・ハイビスカス

気持ちいいくらい元気でステキな映画。
元気になりたいときに観れば、
悩みもぶっとぶ。
ミエコ、大好き!















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真夏の夜の夢

上記2作品と比較すると、ファンタジー感満載。

精霊キジムナーはきっと
本当にいるのだろうと思えてくる。









上記の3作品は、すべて中江裕二監督のもの。
彼自身は意外にも京都出身だったりする。
その土地以外から移住してきた人のほうが
その土地のことを良く知っていたりするという。

映画の中ではたくさんの琉球語を使っていたり
現地の住民をエキストラに使ったりと
素朴で、なんとも言えないいい味を出しているのは
沖縄が好きで移り住んだ人だからこそ作れる味のある作品のように感じる。


気のきいたセリフや言葉よりも
空気感や映像で魅せる映画が
やっぱり好きだな056.gif




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         沖縄・久高島の公民館にあった
                      シーサー。
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by naomi-bluegreeen | 2011-10-18 20:01 | movies